2025/3/11
3月11日、東日本大震災から14年が経ちました。未曽有の大惨事によってお亡くなりになった多くの方々のご冥福をお祈りすると共に、今なおご不便な生活を強いられている皆様へ心よりお見舞い申し上げます。
3月1日に卒業式を終え、校舎内は心なしかひっそりとしている雰囲気ですが、大学入試はまだ終わったわけではありません。国公立大学前期入試の合格発表だけでなく、一部の私立大学の繰り上げ発表なども続き、今月中は気の許せない日々が続きます。そうした中、昨日までに東京大学をはじめとする多くの国公立大学前期入試の合格発表が続きました。それぞれの生徒が高い目標を掲げ、最後の最後まで全力で受験に挑んでくれました。その結果、見事に第一志望校への切符を手にした生徒も数多くいます。長きに渡った不安な日々を乗り越え、目標を達成した生徒たちの努力に心より敬意を表します。合格おめでとうございます!
その反面、努力に努力を重ねながらも、残念ながら結果につながらず悔し涙を流した生徒もいます。望んでいた結果を手にできずに途方に暮れている人もいることでしょう。努力する意味さえも見いだせなくなってしまった人もいるかもしれません。どんな慰めの言葉でもその悔しさを癒すことはできないかもしれませんが、ひと言だけ言葉を贈りたいと思います。
「努力をしたことにこそ意味がある」
これから先の人生においては、努力したことが必ず結果に結びつくわけではありません。どんなに努力をしてもその努力が実らないこともあります。もしかしたら、実らないことの方が多いかもしれません。このことは私自身がこれまでの人生において、何度も何度も経験してきたことです。ではその努力に全く意味がなかったかというと、そうではない!と自信を持って言うことができます。それは努力することによって、自分が成長できたと実感できているからです。あの時の努力があったから今がある。あの時頑張ったから今も頑張れる。人生はその繰り返しだと思います。
小学校、水泳ジュニア五輪を目指して努力した。
中学校、高校受験で努力した。
高校生、大学受験で努力した。
大学生、卒業論文で努力した。
社会人、営業成績を上げるために努力した。
そして現在……、これまでの努力を礎に、目の前の課題に対して今なお努力を続けています。
人はこうして成長していくのだと思います。重ねてきた努力の分だけ成長し、成長した分だけさらに努力を重ねることができるのです。結果に結びついた努力にだけ意味があるのではなく、努力そのものにこそ大きな意味があるのだと思います。その意味を見出すような生き方をこれからも続けていきたいと思います。
後期入試に挑む皆さん、闘いはまだまだ続いています。ファイティングポーズを取り続け、最後の最後まで努力を続けて欲しいと思います。その先に明るい光が待っていることを信じて。この努力にこそ意味があることを信じて。